戦略とプロセスで、成果が再現できる仕組みへ
【経営と戦略を考える007】
2025年 12月22日(月)
こんにちは、戦略プロセス経営実践会の関口です。
新規事業に取り組む際、多くの中小企業経営者は「まずは目標を明確にしよう」「ゴールから逆算しよう」と言われてきたのではないでしょうか。確かに、それが有効な場面もあります。しかし私は、中小企業の新規事業支援に関わる中で、その考え方ではうまくいかないケースを数多く見てきました。
先日、日本経済新聞の記事で『成功した起業家に共通する思考法』として紹介されていたのは、こうした一般論とはまったく異なるアプローチでした。
それが、インド出身で米バージニア大学のサラス・サラスバシー教授が提唱するエフェクチュエーション(Effectuation)という考え方です。Effectuationは、動詞のeffect(生み出す・実現させる)から来た言葉で、「目的から逆算する」のではなく、「今ある手段から結果を生み出していく」 という意味合いです。
なお、対になる考え方として、Causation(コーゼーション)という、「目標を先に定め、計画して実行する」方法があります。これについは、既存事業・予測可能な環境に向いているのですが、「今のように不確実性に満ちた世界では、エフェクチュエーションだ」というのがサラス・サラスバシー教授の主張です。
今回はこの記事を手がかりに、新規事業に挑む社長が陥りがちな思考の落とし穴と、現実的な一歩の踏み出し方について考えてみたいと思います。
多くの経営書やセミナーでは、新規事業において「市場規模を調べ、明確な目標を設定し、計画を立てる」という順番が当たり前のように語られます。私がこれまで学んできた内容は、それが当たり前でした。
しかし、サラスバシー教授の研究が示しているのは、成功した起業家の多くが、その順番で動いていないという事実です。幅広い業種の起業家30人と面談を重ねた結果、「驚くべき発見があった」と述べていました。
彼らはまず、
といった「今ここ」にあるものからスタートしています。
つまり、「将来こうなりたい」という遠い目標から逆算するのではなく、今できる一歩を積み重ねながら、結果として事業が形になっていくという発想です。これは、計画を軽視しろということではありません。むしろ、不確実性の高い新規事業だからこそ、現実に対応できる柔軟な思考法だと言えるでしょう。
この記事を読みながら、読み終えたばかりのホリエモンこと堀江貴文氏が著書『あり金は全部使え』で主張している内容と共通している点に気付きました。
ホリエモンはこの本の中で以下の通り主張しています。
未来を考えることに意味はない。 未来思考は、いらない不安を生むだけで、行動が制限される。 ゴールに向かって頑張ること自体は悪くない。 だが、頭で考えたゴールは、ほとんどの場合、それ自体が目的となってしまう。 設定ラインを超えなければ失敗という、ネガティブなマインドを生み、 それ以外の選択や可能性が見えなくなりがちだ。
終わりのあるチャレンジに、何の楽しみがあるだろう。 ここまで行けば達成、だとか、これで終わり、などとゴールを決める必要はない。 今を楽しみ、気持ちのおもむくまま、自分の世界を拡大していこう。 世界が広がれば、面白い人や情報が集まり、巡り合わせのポジティブな循環は加速する。
私は、サラスバシー教授の発見、およびホリエモンの主張も共に、「これはまさに中小企業に必要な考え方だ」と感じました。
中小企業の社長が新規事業に取り組む場合、大企業のように潤沢な資金や人材、時間があるわけではありません。大きく投資して失敗すれば、会社全体に大きな影響が及ぶこともあります。
そのため、「最初から完璧な計画を立てなければならない」「成功確率を高めてから動こう」と考えると、結局のところ、あまり前へ進めないケースが多いと感じています。
エフェクチュエーションの考え方は、「失っても致命傷にならない範囲で動く」「結果はコントロールできなくても、行動はコントロールできる」という現実的な前提に立っています。
これは、限られた経営資源の中で意思決定を迫られる中小企業の社長にとって、非常に相性の良い思考法ではないでしょうか。
記事では明示的には語られていませんが、この思考法を現場で見てきた私の立場からすると、その背景には「他者を巻き込みながら事業を形にしていく」姿勢があると感じています。
完璧な事業計画を作ってから人を集めるのではなく、「一緒にやりたい人」「共感してくれる人」と関係性を築きながら、事業そのものを変化させていく。
これは、新規事業を「当てにいくもの」と捉えるのではなく、「育てていくもの」と捉える姿勢とも言えます。
中小企業の新規事業でも同じです。社長一人で頭の中に描いた構想を完成形として押し付けるより、社員や取引先を少しずつ巻き込みながら、形を変えていく方が、結果として長続きする事業になりやすいのです。
実際に、今年の夏から数ヵ月間、ある企業グループが東京駅の近くに拠点を開設するという本業とは大きく異なる新事業に取り組む場面に、少し関わる機会がありました。しかし残念なことに、社員たちはあまり乗り気ではなく、「代表に言われて仕方なく手伝っている」という空気が漂っていました。
このように、経営者自身が描いた構想に、社員が当事者として関われていない状態では、新規事業はなかなか前に進まない・うまくいかないと感じています。
ここまで読んで、「エフェクチュエーションの理屈はわかったが、実際にどう動けばいいのかわからない」と感じた方もいるかもしれません。
実際、私が個別相談でよくお聞きするのは、
といった悩みです。
これは能力の問題ではありません。思考の前提が、大企業向け・教科書向けのアカデミックな内容に縛られているだけではないでしょうか。
エフェクチュエーションの視点で言えば、新規事業の最初の一歩は、立派な事業計画書を作ることではありません。銀行向けに説明するための事業計画書を作ることと、新規事業を前に進めることは、必ずしも同じではありません。そんなことよりも、
こうした要素を整理し、「今の自分なら、どこまでなら動けるのか」を見極めることではないでしょうか。
ここが整理できると、不思議なほど行動のハードルが下がります。
勝てる(新規)事業の戦略とマーケティング
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もし、この記事を読んで「自分のケースに当てはめて考えてみたい」「一人で考えるのは限界だ」と感じた方がいれば、他者と相談してみましょう。
相談は、正解を教えてもらう場ではありません。
思考の整理を一緒に行う相手がいるだけで、進み方は大きく変わります。
教科書通りの目標設定に違和感を覚えている社長ほど、一度立ち止まって、自分なりの一歩を見つけてみてはいかがでしょうか。
もし身近に、事業の手法やツールの活用を押し付ける(売り込んでくる)のではなく、思考整理に付き合ってくれる相手がいなければ、外部の力を借りるのも一つの方法です。
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