戦略とプロセスを明確化した事業デザイン:
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【考えるヒント・日々の気づき 002】
2025年 5月 5日(月)
こんにちは、関口です。
ゴールデンウィーク中に、少し前から気になっていた長尾一洋氏の著書『中小企業診断士になって「年収1億」稼ぐ方法』を読んでみました。
長尾氏が経営する「NIコンサルティング」という会社については、日本経済新聞によく掲載されている、セミナーと書籍をセットにした全5段広告や、橋本環奈さんを起用したビジュアルをご覧になった方も多いのではないでしょうか。「ああ、あの会社ね」と思い当たる方もいるかもしれません。
この本はタイトルが非常に刺激的なので、「どうやって中小企業診断士として年収1億円を稼ぐのか?」と期待する読者は少なくないはずです。実は私も、「“1対多”で高額塾を開催し、収録動画や教材などの情報商材を販売して稼ぐ──そういう方法以外に、一人で億を稼ぐ手段があるのだろうか?」という興味本位で購入しました。
長尾氏は、中小企業診断士という資格について、「資格というより検定に近いもの」と位置付けています。そして、多くの診断士が携わっている補助金業務や、公的機関が窓口となる国や自治体からの委託事業、先輩診断士からの業務請負など、いわゆる“従来型”の枠組み内では、高収入はとても望めないと明言しています。
また、時間を切り売りするモデルには限界があることも、長尾氏は強く主張しています。このようなことは百も承知の上で、私は「高額塾や商材販売以外に、本当に別の方法で億を稼ぐ手段があるのか?」という問いを胸に、この本を手に取ったわけです。
結論を先にお伝えしますが、本書で提示されている年収1億円の実現方法は、長尾氏が自ら経営する会社のビジネスモデルそのものでした。一言でいえば、「SaaS型のシステム提供+コンサルティング」の組み合わせです。
診断ノウハウをソフトウェアに組み込み、デジタルツールとして多くの企業に提供しつつ、その導入支援や課題解決をコンサルタントが補完するというスタイルです。
ツール自体は廉価に設定されているため、導入のハードルが非常に低く、そこからより高額なコンサルティングへとつなげていく導線が巧妙に設計されているように感じました。
長尾氏はこれを「ノウハウの客体化(パッケージ化)」と呼んでいます。
世間で言われるパッケージ化とは、例えば「1回目に○○を実施し、2回目に△△を行う」といったように、やるべき手順を定型化したものです。これは大学のシラバスのようなもので、教える内容を単にカリキュラム化したにすぎません。
しかし、長尾氏の方法はそれとは大きく異なります。
彼のいうパッケージ化とは、ノウハウそのものをデジタルツールの形で顧客に提供し、その活用を起点として、コンサルティングへと展開していく仕組みです。
さらに、必要に応じて電話・WEB・訪問などのサポートも加わります。
長尾氏はこの方式を「コンサルティングのセコム方式」と呼んでいるようですが、詳細はぜひ本書をご覧になってご確認ください。
さて、ここまで読んでいただければ、このモデルの実現が、個人で活動する中小企業診断士にはかなり難しいことがおわかりいただけると思います。
なぜなら、会社を設立し、従業員を雇用し、役員報酬という形で自分の収入を得るという、組織的な展開が前提となっているからです。
要は、「中小企業診断士として年収1億円を実現するには、一定の規模を持つ企業の経営者になる必要がある」ということです。
繰り返しますが、「中小企業診断士になって、どうやって年収1億円を稼ぐのか?」という問いに対する回答は、企業経営者になることが大前提なのです。
そう考えると、このモデルをそのまま再現できる人は、中小企業診断士の中でもほんの一握りに限られるでしょう。
私自身、少しは本書に期待していたのですが、残念ながら、ひとりで「1対1」のコンサルサービスを提供している限り、年収1億円を実現するのは到底不可能です。
しかも、本書の中では「年収1億円に達するロジック」のようなものがほとんど示されていません。
「年収1億円」というのは、単なる目を引くためのキャッチフレーズであり、大きな目標として象徴的に掲げられている数字にすぎないように感じました。
本書のカバーを見れば、読者を引きつけるために「1億円」というワードを使ったことが一目瞭然です。「1億」という文字が異常に大きくデザインされているからです。
とはいえ、本書の中で私が共感した点もいくつかあります。
その一つが、「ドメイン思考」です。中小企業診断士として独立するなら、「診断士業を始める」のではなく、「どの分野でビジネスを展開するのか」を戦略的に選ぶべきだ、という主張です。
さらに長尾氏は、「ドメインシフト」という表現も用いていました。
これは、資格という枠を超えて、特定の業界や領域に特化することで、より深く、より強くクライアントに貢献できるポジションを築くべきだという考え方です。
例えば、「運送業の原価改善」「介護施設の人材育成」「観光業の販促支援」など、自分の得意分野を明確に設定し、診断士としての知見をそこに集中させる戦略が重要だというのは、非常に納得感があります。
加えて、ターゲットの明確化も大きなポイントとして挙げられていました。
業種、地域、企業規模、そして解決すべき経営課題など、さまざまな切り口から「誰に売るか」を具体的に定める必要があります。この点にも私は大いに共感しました。
そのうえで、長尾氏は「富士山を目指そう」と語っています。
これは、自分ならではの独自の内容・切り口・手法を提示し、独自の領域で“日本一”を目指すという考え方です。
なお、もし「独自の領域で日本一を目指す」というテーマに関心のある方は、私が作成した20本のレポートから構成される資料「独立経営コンサルタントの事業戦略:法人を攻めてニッチでNo.1を狙う(2025年版)」も、ぜひ参考にしてみてください。
集客面について、長尾氏は「営業(契約)なくして“先生”にはなれない」と述べていますが、これはまさにその通りだと私も感じます。
また長尾氏は、
「公的支援業務や協会、先輩診断士からの仕事を“顧客開拓のきっかけ”としてやるべきという考え方があります。ですが、それらはあまり儲からないだけでなく、取っつきやすい営業手法に頼ったものであり、実は“本気で営業しない”ための言い訳なのだと思います。」
と本書で断言しており、この点にも強く共感しました。
さらに起業後、「いろんな人とつながりたい」と異業種交流会に参加したり、●●●法人会などの経営者団体に加入して名刺交換を繰り返す中小企業診断士の方もいますが、長尾氏の見解はこれについても否定的です。
この点は、私が以前書いたコラム「起業したばかりの人が集客でやりがちな間違い」とも重なり、共通する問題意識を感じました。
仮にそこで仲良くなったとしても、“お友達価格”を求められたり、「ちょっと相談に乗ってよ」で終わってしまうケースは少なくありません。
こうした理由から、長尾氏はこのような集客方法をおすすめしていないのだと思います。
自分を「コンサルタント」として見てもらうには、最初から専門性を打ち出し、「先生」として一定のリスペクトを持ってもらう関係性を構築することが重要です。
興味深いのは、本書の終盤に次のような一文があった点です:
「コンサルティング・パッケージの利用拡大に協力してくれる中小企業診断士の方が現れれば…」
この一文から察するに、本書が診断士向けに書かれた主な目的は、販売パートナー(協力者)の募集にあるのではないか、と推察しました。
というより、長尾氏はコンサルティングサービスのプラットフォーマーを目指しており、その協力先として中小企業診断士に注目しているのではないかと思っています。
実際、本書には「ネットワーク・アイデンティティ(NI)」と名付けた概念図とその解説も掲載されています。
ちなみに、私自身もこれまでに長尾氏の著書を4~5冊ほど読んでおり、『「会わずに売れる」新しい営業の形とは?』というタイトルで、本コラムでも紹介したことがあります。
どの書籍にも共通しているのは、「課題 → 解決策 → 自社サービスの提示」という構造が明確に組み込まれており、まさに書籍そのものが営業ツールとして機能しているという点です。
今回の本も同じ構造を踏襲しており、“協力者=販売チャネル”の拡大を見据えて書かれたものだと考えるのが自然ではないでしょうか。
本書の後半で紹介されていた内容によれば、長尾氏が経営するNIコンサルティング社では、2024年12月期の決算において広告宣伝費だけで約12億円を投じたとのことです。
売上の約3割が広告費に充てられていると記載されていましたので、単純計算すれば売上高は40億円前後と推定されます。
ここからも明らかなように、「中小企業診断士として年収1億円を実現するモデル」は、個人ではなく企業としての展開が前提となっています。
長尾氏のように、何十億円規模の会社を経営し、その中で億単位の収入を得るというのは、一般の中小企業診断士にとっては非常にハードルの高い話です。
とはいえ、「自分の力で顧客を獲得できるようにならなければならない」という点には、強く同意します。
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